台湾旅行2025

 

はじめに

 2025年12月に、台湾を旅行しました。すぐ隣の国でありながら、初めての訪問でした。

台湾の旅(1)    2025年12月14日


 久しぶりに外国旅行をしようと、行ったのは台湾。隣で、いつでもいける、と伸ばし伸ばしにしてきた国です。今回は、楽な旅を目指して、台北に6連泊。仙台からの直通便です。

 選んだのは、仙台空港を17時20分発、台北着が20時35分、1時間時差がありますので4時間15分のフライトです。

 この日の遠刈田は、前日夜のうちに雪が積もった状態。昼過ぎに家を出て仙台空港に1時間で着き、待っているうちに夕暮れ。暗い中での離陸となりました。

 映画を1本半しか見ないうちに到着。今回は、送迎付きのツアーでしたので、空港でお迎えにあって、少額の現金を両替し、宿に22時前に着きました。

 これまでの旅の仕方とはすっかり変わった、「大名旅行」でした。

 


台湾の旅(2)    2025年12月15日


 今日は、宿で朝食の後、こちらで動くための準備。まず、交通機関に乗るためのカード(EasyCard)の準備。近くのセブンイレブンでカードの購入。これはクレジットカードでできました。次にチャージしようとすると、現金のみ。銀行を探し、手持ちの米ドルを台湾ドルに。それで、何とかチャージしました。これだけデジタル化が進んでいるのに、何か不思議な感じです。

 目の前のスーパーを覗いた後、総督府に行くことにしました。歩いて総督府に着きましたが、午前中の見学時間ぎりぎり。この建物は、日清戦争後日本の領土となった台湾を統治するために建てられた建物。これを修理して使っているようです。なかなか立派な建物で、威厳があります。現在は1階を見学スペースにしていて、時間を決めて入れるようになっています。が、警備は厳重で、パスポートのチェック、所持品検査を経て入ります。入り口には憲兵が。中では案内人が多数おり、展示物がいろいろあります。お土産売り場もあります。

 次の龍山寺を見ることにして、歩いて移動。旧日本人の建物などを経て、途中昼食。台湾式のスープ麺でした。龍山寺は立派な建物で、多数の参詣者がいました。流れる滝も立派ですが、建物も風格があります。お参りする人がたくさん列を作っていました。お寺を出て、隣の夜市をぶらぶら。どういうわけかマッサージ屋さんがたくさん集まっていました。

 そこから鉄道(MRT)で移動し、宿の近くの繁華街駅に移動し、歩いて宿に戻り休憩。

台北のMRTはシステマチックによくできています。それぞれ漢語で路線名があるのですが、それを色に置き換え、駅には色の名と数字で別名がつけられています。例えばG13とかR9のようにです。ただ困るのは、終点の名が漢字なので、行き先を見ないと上り下りがわからないことです。

 一休みしてから、宿の近くの永楽市場、迪化街に行きました。永楽市場は今日は休みらしいのですが、布の取引をする店が集まっているようです。迪化街は古い街のようで、細い通りの両側にびっしりいろいろな種類の店が並んでいます。食材屋が多いように見えました。名物らしいおこわを買って夕食にしました。

 月曜日は、博物館などが閉まっていますので、それを使わないコースに苦労します。

 


台湾の旅(3)    2025年12月16日


 今日は、今回の最大の目的地である、故宮博物館へ。宿から10分あまり歩き、MRTで5駅、そこからバスに乗り到着します。所要時間1時間くらい。到着は9時過ぎ。入場チケットはすんなり買えて入場しました。

 そもそもこの博物館は、中国の清朝が倒れ中華民国が成立し、紫禁城が国民のものとなった時の財産、それが国共戦争で中華民国が紫禁城の宝を台北に移したという歴史があるようです。ちょうど今年は、台北に移り100年、博物館建設以来60年の節目の年だとのことです。

 建物は、中国の宮殿を模したもののようです。入園料一人350元、日本円で1750円くらい。それでも、中国の至宝が満載のこの博物館に入場する価値のがありそうです。  最初に見たのは3階の302.残念なことに肉形石と翠玉白菜は展示されていませんでしたが、小型の白菜は見ることができました。玉を組み合わせてこのような工作物を作ったのはなぜ?と言わんばかりの美しさです。

 さらに3階には青銅器のコレクション。商や殷の時代の簡単なつくりのものに比べその後のものは重厚な、歴史を感じさせるものでした。これらが極めて多数。

 陶器・磁器のコレクションも素晴らしい。そのほか、文書・画のおびただしい数にもびっくりです。昼頃になるとずいぶん混んできました。さすがです。

 3時間ばかり歩いても、まだ見残しが・・・。隣接のカフェで昼食ののち、2時過ぎまで見ていました。帰りに庭園に寄り、バスで帰りました。MRT駅の手前で両替、そして電車で戻りました。

 中山の駅に降り、少し東に行くと、三越の店が・・・。店内は広く、地下の食品売り場でもいろいろ驚くことがありました。

 それから宿に帰り、休憩。夕食は宿のそばにある、餃子屋さんのテイクアウトで済ませました。

 それにしてもよく歩きました。1万5千歩を超えていました。

 


台湾の旅(4)    2025年12月17日


 今日は、海岸の町、淡水を訪れました。この町は、淡水川の河口に開けた町で、、17世紀からスペイン・オランダ・イギリスの影響を受けたようです。最後のイギリスが19世紀にここに領事館を置いたようで、その名残の赤レンガ造りの城が残っていますが、1980年に台湾に返還されたようです。香港の時と同じでしょうか。

 MRTの終点の淡水の駅がスタート。海に沿って、老街という通りが伸びています。細い道は、市場ができ、いろいろな店が並んでいます。

 30分ほどで、紅毛城。道路から上がったレンガ造りの建物の中は、入場料80T$で見ることができます。建物の中はイギリス領事館時代のデコレーション。

 隣の大学の庭にも行けます。ただ、団体さんの喧騒には疲れます。

 久しぶりに海辺を歩きましたが、陽ざしが暑い暑い。植物も亜熱帯です。考えてみると、ここは沖縄より南にあるのですから。

 台北に戻って、台北駅へ。メインステーションだけあって、立派な建物です。時刻表はないか、と窓口で尋ねると、QRコードを出して、ここにアクセスしろ、と。こういう時代になったのですね。

 隣にある国立鉄道博物館に行きました。日本時代の建物が使われています。それから60年たち、今の姿に。面白かったのはジオラマで、列車が動いていました。ちゃんと夜の場面も。

 宿に戻り一休み。それから中山の三越地下に小籠包を食べに行きましたが、大人気で待ち時間85分とのことで、あきらめて食べ物を買って宿で夕食。

 2万歩以上歩きました。

 


台湾の旅(5)    2025年12月18日


 今日は、台北市の山間部・鉄観音茶の産地へ、ロープウェーの旅。MRTを乗り換えて、ブラウンラインのBR01の動物園駅へ。ここでロープウェーに乗り換え猫(本当は豸に苗)空と書き「マオコン」と読む終点へ。(以下猫空と書きます。この国は、繁体字を使っているので、JISに登録されていない漢字があります)一日券300T$(約1500円)で往復できます。途中の2つの駅でも乗り降り可能。

 このロープウェー、水平距離約4㎞、上ったり下りたりしながら標高差270Mほどを20分以上かけて進みます。終点で降りると、そこは茶の産地に茶店が点々としています。20分ほど歩くと天恩宮という寺院。さらに進むと台北市の鉄観音茶などの紹介施設、茶の製造に用いる器械の展示や紹介ビデオ、いろいろな茶の見本などがあり、実際の鉄観音茶を飲ませてもらいました。

 昼になったので下山。街に戻ります。中正記念堂に行く前に、南門市場のフードコートで昼食。牛肉麺を食べました。

 中正記念堂は、中国国民党の蒋介石総統を記念した建物で、白と青の八角形の建物。残念ながら衛兵交代の儀式は見逃したものの白い門と両側の演劇と歌の中国風の建物、池のある庭園と美しい場所でした。

 見学後、市内の最大のスーパー・カルフールに行き見物・購入。その後宿に戻りました。今日も2万歩歩きました。

 速いもので自由行動も残り一日、見残したところがたくさんあり、計画を立てます。

 


台湾の旅(6)    2025年12月19日


 台北滞在の行動日も今日で最後になってしまいました。これまで回り残したところは多数ありますが、今日は午前中に国立台湾博物館と228記念館、午後に台北101を訪れることにしました。

 国立台湾博物館は、日本の統治時代の1909年に今の建物ができたそうで、正面に4本の柱を持つ左右対称の建物です。開館は9時30分。自然史の部分、産業の部分、人文の部分からなっています。

 展示物の中に、アサギマダラを見つけました。解説によると、長野から飛んできている、とのことですが、宮城にいるアサギマダラも、台湾に来ているかもしれません。この地で見られたことはうれしかったです。また、後藤新平による纏足禁止が行われる、自然科学に日本人学者が貢献したなども展示されていました。

 また、道路の反対にはもとは銀行だった建物を使った、自然史博物館もあり、こちらは恐竜をはじめとした古生物と、銀行の金庫を利用した金融機関についての展示されています。ここでは、のちに紙くずとなった戦時国債がありました。

 公園には、台湾リスや鳥たちがいました。

 公園の南側に、228記念館があります。228事件は、こちらに来て初めて知ったのですが、終戦後の1947年に起きた事件です。台湾の政治がうまくいっていなかった時代の事件でその後長きにわたり台湾の社会に影を落としたようです。1995年に台湾総督の公式謝罪が行われましたが、人々の対立など深い影響を及ぼしたそうです。記念館では犠牲者を悼み、映像や音声でその声が聴けるようになっています。なお、宿の近くの道路がこの事件の発端となったようです。

 変わって、台北101は2004年に竣工した超高層ビルです。509m101階建ては竣工当時世界一だったそうで、台湾のシンボルマークです。展望台までエレベータで行けますが、料金のほうもお高くなっています(普通で3000円、快速だと6000円、その上の階まで行くのは15000円)。その下には、5階まで高級店が集まっています。地下のフードコートで昼食を取りました。

 MRTで宿に戻り、1週間の台北旅行の終わりです。

 家を出た日は雪が積もっていたのですが、日中は長袖では暑いくらい、そしていろいろ花が咲いている台湾の旅でした。

 


台湾の旅(7)    2025年12月20日


 帰国の日です。といっても、今回は、送迎付きですから、いたって簡単。こんなに楽をしていいのだろうか、と思うほどです。

 8時50分にロビーに行くと、待っていました。チェックアウトもあっけないくらい。車に乗り込み出発。

 来るときは真っ暗で何も見えず、高速を走っているな、としか感じませんでしたが、道路は広く、多数の車が走っています。遠くに山が見え、台北が盆地にある都市だと感じます。空港までは渋滞もなくすんなりと。都心に向かう方は所々で渋滞していました。

 チェックイン・ドロップバゲージもすんなり終了。あとは待つだけです。土産物屋をぶらぶらして、手荷物検査へ。ここで民族の特産の売店を見つけました。台湾には原住民がいることは知っていましたが、ここではそれぞれの部族の衣装などが展示され、お土産が売られていました。権利が保証されているようです。

 スターラックスに搭乗すると、離陸。外が見える席ではありませんでした。ほとんど満員です。時差が1時間あるので、4時に到着。仙台空港での帰国は初めてです。イミグレのカウンターは日本人用は窓口が一つ、ということは、客のほとんどが台湾人。今はやりのインバウンドです。荷物が出るのに結構かかりました。

 車を回収して帰宅。途中スーパーで買い物をして、6時過ぎに帰宅。車ですから、あっけないものです。これで1週間の旅行の終了。

 今回は、フライト・ホテル・送迎と楽々旅行でしたが、あまりにあっけない、という感じでした。

 19日に台湾駅から中山で発生した事件が翌日の新聞に報道されていました。治安のよい台北では大事件のようです。初めて訪れた台湾でしたが、外交的にはいろいろあるのですが、日常生活は、うまく回っていると感じました。よその国がいらぬ口出しをするところではありません。

 




このページのトップへ        ホームページへ戻る


(C)Akihiko URAKAWA